2007年2月16・17日
マハ シヴァラトリ
 

マハ シヴァラトリ解説
 マハ シヴァラトリの祝祭は、インドの最も重要なお祭りのひとつです。それはヒンドゥー歴のマガ月、クリシュナ パクシャ(満月から新月へと、月が欠けてゆく14日間)の14日目に当たります。「シヴァラトリ」ということばには「厳粛な夜」という意味があります。インド全土で人びとはシヴァ寺院に集まり、神を礼拝し、神を想うことでその夜を過ごします。ヒンドゥー教の教えによれば、月はこころに宿る神であり、月の16相はこころの16の側面を表しています。新月の前日に当たるシヴァラトリには、ただ一筋の月が見えるだけです。このことは、こころの影響力が弱まることを象徴しています。このシヴァラトリの日には、こころの15相までが真我に融合し、残っているのはただ1相だけとなっており、こころを制御し、神へと向けるのが容易になっているのです。ですから、気まぐれなおもいを完全に抑制し、乗り越え、アートマを悟るために、その夜は神を想い、神を礼拝することに費されるのです。


 マハ シヴァラトリは、一般に一晩中バジャンを行なうことでお祝いされます。至高のイーシュワラであるスワミは、このシヴァラトリのお祭りの中で自らの神性を示すために、お祭りとしてのシヴァラトリは、プラシャンティ ニラヤムにおいて非常に重要なものとなりました。シヴァラトリの晩、スワミは人類への無限の愛から、自らの体内よりリンガ(神を象徴するに最もふさわしい卵形の石)を物質化します。このリンガの出現は「リンゴッドバヴァム」と言われます。


 スワミはおっしゃっています、「リンガはまさに、はじまりのないもの、終わりのないもの、限界のないもの、の象徴であり、それを具現化したものです。なぜならリンガには、手足なく、顔なく、前後なく、はじめも終わりもないからです。その形は「まさにニラーカーラ(形なきもの)」とあなた方が思っているようなものです。実はリンガとはリーヤテ(すべてが融合したもの)とガムヤテ(すべてが向かってゆくところ)を意味します。リンガは遍在、全知、全能の象徴として、最もふさわしいものなのです。


ババ様御講話より

 今日、わたしたちはシヴァラトリをお祝いしています。「シヴァラトリ」は「吉兆の夜」を意味します。少なくともこのシヴァラトリの日には、あなた方は夜通しシヴァの名を唱えねばなりません。少なくとも1年の内1日は神の御名を唱えなさい。帰依者たちはこの夜、神聖なシヴァの名を唱え、夜を明かすべきです。他の方法で起きていたところで、それがどんな方法であれ、意味はありません。神の御名を唱え一夜を過ごすことで、あなた方の人生は清められるのです。

ババ(1998.2.25 マハ シヴァラトリの御講話より)

 帰依者は良いおもい、神聖なおもいを育まねばなりません。それがシヴァラトリの教えです。帰依者は信仰に満ちていなければなりません。自らの生来の神性を想うことで、神とひとつになるよう努めなさい。もしあなた方が絶えず神の御名を唱えつづけるなら、必ずや神を悟る日がやってきます。

 他のいかなるものでも、「平安と至福の欠如」からくる苦しみをなくすことはできません。平安と至福は神からのみ得ることができるのです。平安と至福、ただこの2つのために神に祈りなさい。なぜならこれらは神しか与えることができないのです。平安と至福を得たなら、他のものはすべて神の恩寵により自然に手にすることができます。ただ神を求めなさい。その他の欲望は、それが何であれ、価値はないのです。

ババ(1998.2.26 マハ シヴァラトリの御講話より)

 
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