| 2006年8月27日 |
| ガネーシャ・チャトゥルティ(御生誕祭) |
![]() Shuklaambara Dharam Vishnum Shashi Varnam Chatur Bhujam Prasanna Vadanam Dhyaayet Sarva Vighna Upashaanthaye ヴィナーヤカ(別名:ガネーシャ)とは誰のことでしょう? “スックラムバラダラム ヴィシュヌム・・・”という言葉で始まるスローカ(詩)において神性の姿であると述べられています。 しかし、ヴィナーヤカの名前には違う内的意味もあります。“スックラムバラダラム”は白装束をまとった人を意味します。“ヴィシュヌム”はその彼がすべてに行きわたっていることを意味します。“シャシ ヴァラナム”は彼の顔色が灰のごとくグレーであることを意味します。“チャトルブジャム”は彼は4本の腕を持っていることを意味します。“プラッサンナーヴァダム”は彼が常に悦びに満ちている様子を意味します。“サルヴァ ヴィグナ パサーンタイェ”は、あらゆる障害を取り除くという意味です。“ディアーエッ”は瞑想のことです。ヴィナーヤカはあらゆる悪いものを取り除き、良いものをもたらす神であり、彼を瞑想する帰依者に平安を与える神なのです。 |
| ババ(1991.9.12 Ganesh Chathurthiでの講話より) |
ガネーシャ(Vigneshwara)とは何でしょう。ガネーシャの名前であるガナーパティ(Ganapati)の、 「ガナ(Ga)」は知性をあらわし、 「ナ(Na)」は英知をあらわします。 ガネ−シャ(Ganapati)はあらゆる俗世間の知識と神に向かう知識の支配者です。ガネーシャ(Vinayaka)は何ものにも支配されません。ガネ−シャこそは真の支配者です。ガネ−シャがみなさんを苦しみにあわせることはありません。みなさんのすべての努力を祝福し、成功を約束します。ガネ−シャは、みなさんの中に悪が宿ることをけっして許しません。ねずみはガネ−シャの乗り物です。ねずみは夜、暗闇の中を動き回ることから、闇をあらわしています。ガネーシャは闇を払い、光に満たされるよう助けてくれます。神は人間の中だけにいるのではありません。鳥や動物の内にも神は宿っています。この内なる神をあらわすために、ガネ−シャ(Vianayaka)は象の頭をし、ねずみを乗り物にしているのです。象はとても賢く、従順で、忠実です。定められた道から外れることがなく、感謝の気持ちを象徴しています。感謝はとても神聖な徳性です。さらに、耐える心には真理・ダルマ〔正義〕・ヴェーダ・非暴力・そしてすべてがあります。象には偉大な耐え、許す心があります。自分のいのちさえ犠牲にするつもりでいます。ただし、自分の飼い主が苦しむのは見ていられません。道がなく、人々がジャングルの中まで入っていけないときも、象は道を開いてくれます。人生というジャングルにおいても、象の顔をしたガネーシャは、みなさんの進むべき理想の道を示してくれるのです。 ガネーシャ誕生祭(Vinayaka Chathurthi)の日には、いろいろな捧げものを作ります。ガネーシャは油で料理されたものを受けとりません。料理はすべて蒸したものを捧げます。油をふくまない米粉とゴマで作ったクドゥムル(Kudumulu)やブンドラール(Vundrallu)を捧げます。どうしてそんな捧げものを作るのでしょう。健康は人間の財産です。蒸した料理をたべる人は健康でいられます。ところが、こんにちの人々は、いろいろなごちそうを食べあさります。反対に、象にとっては健康が何よりの大事です。ガネーシャも同じことを教えています。米粉とゴマの料理は白内障や斑点病などの目の病気を防いでくれます。粗糖とゴマの組み合わせは胆汁や腸内ガス、痰(たん)からおこる病気を防ぎます。また、蒸した米粉は消化を助けてくれます。 今日はガネーシャ誕生祭(Vinayaka Chaturti)です。ガネーシャの徳はあらゆるところで見られます。ガネーシャは達成(Siddhi)と英知(Buddhi)の支配者です。そういう神さまに祈るべきです。すぐれた指導者についていけば、かならず目的地までたどり着けるでしょう。こんにち、すぐれた指導者はいなくなってしまいました。すぐれた指導者とは何でしょうか。自分自身の良心こそは、指導者です。人々の良心はすっかり汚れてしまいました。邪悪な、悪い性質がはびこっています。ガネーシャは、良心に巣くっている邪悪なものをすべて取り除いてくれます。ねずみはどこにいても匂いをかいでいます。ガネーシャはそのねずみを乗り物にしています。ガネーシャはねずみの上に足を乗せています。これはガネーシャが悪の影響をまったく受けていないという意味です。ガネーシャは、すべての神聖な徳性の支配者として、聖者や修行者がたたえてきました。こころ(heart)の内にいるガネーシャの教えに気づき、理解しなさい。いつもガネーシャを思いなさい。ガネーシャはすべての神々の指導者です。ヴィシュヌ神の信者も、シヴァ神の信者も、ガネーシャをたたえます。ガネーシャはすべての宗教の象徴です。ガネーシャはめでたきもの、吉兆をあらわします。それを理解してガネーシャをうやまえば、みなさんの人生は救われます。 |
| ババ(2001.8.22 Ganesh Chathurthiでの講話より) |
| 今の人は、ガネーシャ(Vinayaka)の意味が少しもわからぬまま、この神さまをあがめています。ガネーシャ(Vinayaka)は、まことの指導者のもつあらゆる徳性をあらわしています。 「ガネーシャは、自分自身を支配する(Viyate Nayake Iti Vinayaka)」 この世のたくさんの人がガネーシャ(Vinayaka)をあがめています。しかしガネーシャ(Vinayaka)は誰をもあがめることもありません。ガネーシャ以上の支配者はいないからです。父のシヴァ神(Easwara)でさえ、息子のガネーシャ(Vinayaka)をあがめています。しかしその逆はないのです。 ガネーシャ(Vinayaka)はまた、 「障害を取り除くお方(ヴィグネーシュヴァラVighneswara)」 とも呼ばれます。精神的な道でも、世間の努力でも、ガネーシャ(Vinayaka)をあがめる人は成功がもたらされます。神さまは、外面(Pravritti)と内面(Nivritti)というふたつの水準で幸せを与えてくれます。外面の道(Pravritti)は肉体につながり、内面の道(Nivritti)は知性につながっています。外面の道は時とともに移ろいゆくのに対して、内面の道は移ろうことがありません。だから正しい食物とよい習慣によって、肉体の執着を減らす努力をするべきなのです。 食べすぎは肥満のもとです。太ると、血液を送るために心臓に大きな負担がかかります。心臓が鼓動するたびに、血液は体内の2万キロ近い距離を移動します。太ってくるとともに、血液の循環がとどこおり、心臓にも負担がかかってきます。だから、食生活を改めるべきです。実はガネーシャ(Vinayaka)はそれをしているのです。 |
| ババ(2002.9.12 Ganesh Chathurthiでの講話より) |