| 2006年8月13日 |
| クリシュナ・ジャヤンティ(ご生誕祭) |
本日、私たちはクリシュナの誕生日を祝っています。クリシュナは何処で生まれたでしょうか?
それは牢獄です。クリシュナが所有していたものは何かありましたか? 何もありません。牢獄で生まれた後、クリシュナはナンダの家へ連れて行かれ、その後マトゥラに行きました。彼は何も持っていませんでした。しかしクリシュナは、世界でもっとも偉大な人物となりました。これは何を物語っているのでしょうか? 世俗的な財は偉大さの秘訣ではありません。クリシュナの偉大さは、彼が絶えることのないアーナンダ(至福)の境地に立脚していたことによります。あなたがクリシュナとラーマの相違点を認めようとするなら、あなたはクリシュナの原理をより評価するでしょう。クリシュナはいつもはじめに微笑み、それから為すべき事を実行しました。ラーマの場合、行為が先に来て、そして微笑むのでした。クリシュナは女性に涙をもたらしましたが、ラーマは女性のために涙をのみました。ラーマは戦わなければならない強い理由が起こった後に戦いました。クリシュナははじめに矛盾を刺激してあおり、そして決着をつけました。 クリシュナの原理は悦びを楽しむことです。ラーマの原理は義務の概念に基づくものです。「ラーマーヤナ」は地上における、真理とダルマによる統治を促進することを意図しました。神の化身クリシュナは世界に永遠のメッセージを与えることを意図しました。クリシュナは自分のためには何も求めることはありませんでした。自分のために何も保持することはありませんでした。彼は人々にすべてを与えました。彼は母方の叔父であるカムサ王を殺しまし、カムサの父であるウグラセナを王座につけました。彼はパンダヴァ王家の友となり、カウラヴァ王家を滅ぼし、ダルマジャを皇帝として王位につけました。クリシュナは自分が王位につくことはありませんでした。彼は王冠のない王でした。王の中の王でした。彼は自分の王国を持ちませんでした。しかし、何百万人のハートの統治者でした。それが、クリシュナ原理として宣言される深遠な真理なのです。 あなたが深く探求するなら、どのアヴァター(神の化身)も特別なメッセージを伝え、特定の使命を実行するために肉体をまとったことがわかるでしょう。 |
| ババ(1996.9.4 Sri Krishna Janmashtamiでの講話より) |
| クリシュナは遍在です。クリシュナという語には3つの意味があります。 (1)“クリシティ−イティ クリシュナ(Krishithi-ithi Krishna): 耕すものはクリシュナである” ![]() ハートは畑に例えられます。畑の雑草に例えられる邪悪な性質は取り除かれなければなりません。ハートは愛で満たされなければなりません。主の御名という種子がハートに蒔かれなければなりません。 帰依者がこのように行うことをクリシュナは励まします。 (2)“カルシャティ−イティ クリシュナ (Karshathi-ithi Krishna): 惹きつける故にクリシュナである” クリシュナは人々を惹きつける最高の魅力を持っています。遊技において、音楽において、そしてすべての行動において、クリシュナはすべての人を惹きつけました。この惹きつける力は今なお人々の内に生きています。したがってすべての人は潜在的にクリシュナなのです。 (3)“クルシャティ−イティ クリシュナ(Krushyathi-ithi Krishnah): 至福を与えるが故にクリシュナである” すべての人が幸福を望んでいます。幸福の化身である神は、あなたの内にあります。神はあなたが幸せになることを望んでいますが、あなたはそれを悟っていません。あなたの中にある至福の源泉を認識するように努めなさい。人が不幸になることは真実の姿ではありません。人が幸福でない姿を見ると、周りの人はそれを心配します。あなたは常に幸福であるべきです。なぜなら、あなたはアートマの化身だからです。心配が入り込む隙を与えてはなりません。神聖火花としてあなたは、神のように振る舞わなければなりません。嘆きに入り込む余地を与えてはなりません。世俗的な事柄に心を奪われながら、数珠の珠を回すことが何の役に立つというのでしょうか? まず第一に心を清めなさい。いっさいの行為を神に捧げなさい。すべての束縛からあなた自身を解放しなさい。すべての事柄を神からの贈り物として受け止め取り扱いなさい。 |
| ババ(1997.8.25 Sri Krishna Janmashtamiでのの講話より) |
| 化身クリシュナはゴーピカ(牧女)達によって示されたような、神聖な愛の教義を宣言しました。こんにち人は甘露に満たされた陶器のポットに例えられます。その肉体は土でできています。しかし霊は永遠です。神は肉体を通して体験されなければなりません。したがって人として誕生することを些細なものとして考えるべきではありません。人としての生命は価値のある貴重なものとして大切にされなければなりません。 しかしこんにち、そのような貴重な贈り物は無価値の何かのように扱われています。人間として存在することの価値をはっきり認識することが重要です。人生のゴールとは何でしょうか? それは、そこから私たちがやって来た源に帰ることです。私たちの義務は原初の根源の故郷に帰融することです。 ここに集まっているあなた方はインドの各地や世界各地からやって来ました。ここでの滞在が終わるとあなた方はそれぞれの場所に帰らなければなりません。同様に、人間は巡礼者として地球という惑星にやって来ました。人はその原初の故郷に帰らなければなりません。あなた方はアートマから来ました。アートマに帰らなければなりません。あなた方はブラフマンから来ました。ブラフマンに帰融しなければなりません。あなたがたはブラフマンの火花として肉体を持ちました。あなたがたはブラフマンにならなければなりません。それが理想です。それがゴールです。それまでは幾多の障害が待ち受けているでしょう。あなた方はそれを気にとめないことです。確固たる信仰を持ちなさい。それが本当の帰依です。 |
| ババ(1995.8.25 Sri Krishna Janmashtamiでの講話より) |